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鏡開きの日は、母の命日。おしるこを作りながら思ったこと


お正月に年神様に備えたおもちを下げて食べる「鏡開き」の日がやってきました。

4年前のこの日に母が亡くなってから、鏡開きの日は私にとって特別な日になりました。

今年も、おしるこを作って、母に供えました。母がよく作ってくれたのは、おもちを入れないおしるこです。

母の命日 007

母に対する後悔の気持ちを手放すことができた



母が亡くなってからしばらくの間は、母に対して何もしてあげられなかったという思いにさいなまれていました。

もっと一緒に楽しい時間を過ごせばよかった、ダンスの発表会を一度くらい見に行ってあげればよかった、母の体のことにもっと気をつけてあげればよかった・・・。

本当に、挙げていけばきりがないくらい、いろんな悔いが残ったのです。

でも、時間とともに、そうした思いは薄れてきました。母に対する後悔の念よりも感謝の気持ちが自然にわいてくることが多くなって、母のことを思い出す時間が楽しくなりました。

親を亡くした友人たちの話を聞いてみると、何かしら悔いは残っていて、でもそれはずっと続くものではない人がほとんどでした(中にはずっと続くと言っている人もいるけれど)。

母については、このブログで何度か書いています。よかったら読んでみてください。

家の片付けー母の急死で大変だった①

母の遺品整理で気持ちの整理。やっとダンスのドレスを処分できる!


年を取ってから、母と仲良くなれた



母にもっと生きていてほしかったけれど、もし母がまだ生きていたとしたら、私は母といい関係でいられたかどうかわかりません。

気位が高く子供に甘えることをせず、何でも自分でやらなければ気が済まなかった母に、「なんて可愛くないんだろう」と思ったこともしばしば。

誰よりも早く起きて朝食のしたくをし、洗い物は私がやると言うと、「後でやるからそのままにしておいて」と言う母。

食事のしたくを手伝うと言うと、「お父さんと一緒にお酒飲んでて」と言う母。

私はそれにしっかり甘えていましたが、母は自分の気の済むようにやりたかったのでしょう。

仮に介護になったとして、私が母の世話をすることになったとしたら、けんかばかりしていたかもしれません。

仕事も家事も完璧にこなしていた母は、かつての私にとっては気軽に話せる相手ではありませんでした。

母に対して反発する気持ちが強くて、それでいて面と向かって反抗することができず、20代も半ばになってから反抗期が来ました。

母とは年を取ってからの方が仲良くできたように思います。

帰省した時はよく夜中の1時ごろまで話していたり、電話をするとつい1時間も話し込んでしまったり。


母とおしるこ



母はお正月にはよくおしるこを作ってくれました。母自身がおしるこを好きだったのかどうか、今となっては思い出せませんが。

母の作るおしるこは、と~っても甘いのです。当時は、その甘いおしるこを何倍もおかわしていました。おもちが入っていないので、いくらでも食べられました。

結婚してからは、夫が好きなおもち入りのおしるこを作るようになり、今ではそれが当たり前になりました。娘も大好きなので、いつもたくさん作ります。そして義母のところにも持って行きます。義母のおしるこには、おもちではなく上新粉のおだんごを入れます。

今年もおいしくいただきました。大満足です。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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