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親の人間関係を断捨離するのは許されないの?


私が住んでいる所の町会の掲示板には、誰かの不幸があった時に、
通夜告別式のお知らせが貼りだされます。

その人は82歳の男性。義父と何らかのつながりがあったようです。

で、私は今日、その人の通夜に行きます。
行くという判断をしたのは私なのですが、気持ちがついていきません。

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自分は全く面識がない人の通夜に参列するということについて、皆さんはどう思われますか?

人間関係はシンプルなのが楽でいい

世の中には義理つきあいが山ほどあって、これがなければどんなに楽かと思います。

私自身は、親しく付き合う友人が本当に少ない方です。もともと人と広くつきあうのは苦手なので、浅いつきあいの人とは自然に疎遠になっていき、自然消滅することが多いです。

今は、本当に必要な人とだけ連絡を取り合っているので、誰かと一緒にいて疲れたりストレスがたまったりということはありません。

それでも、義理のおつきあいというのは、仕事関係だとか、お世話になった方だとか、多少はあります。


私は知らない人だけど、通夜には行かなければならない

自分の義理ならまだ納得がいくのですが、親の義理まで抱えるとなると、気が重くなります。

一昨日、町会の掲示板で見た名前は、私の知らない名前でしたが、名字だけは知っていました。買い物に行くときに通る家の表札に書いてあるその名字が珍しいので、覚えていたのです。

亡くなった男性は82歳。その存在さえも知らない人だけれど、年齢的に、義父母とつながりがあったかもしれないと思い、義父の通夜、告別式に参列してくれた人の名簿を見てみたんです。

そしたら、ありましたよ。ご本人の名前が。
ご本人が、義父の通夜に来てくれていたんです。当然、お香典持参で。

義母にこの人のことを尋ねても、「この人は知らない」と首をかしげるばかり。本当に知らないのか、思い出せないのか、わかりません。義兄も、「あの家の人だよね」ということしかわかりません。

夫は今日は出かける予定があり、不在。夫は、「自分が行けないので申し訳ないんだけど、行けるなら行ってほしい」そうです。

行くしかないでしょう。


親の知り合いとのつきあいまで引き受ける必要がある?

親の代わりに通夜に行くということは、結局、もらったお金を返しに行くことでしかないということです。でも、子供たちの代まで、それをやる必要があるのでしょうか。

義母がもう少しはっきりしていた時は、「この人はお父さんのお通夜に来てくれたから、いくらお香典をもらったか調べてみるね」と言って、自分で調べ、行ける時は自分が行き、行けなくなってからは、私が頼まれて、通夜に行っていました。

義母が最後に通夜に行ったのは、もう5年も前です。シルバーカーで焼香をするのが大変でした。

義父は、町会の役員を長く勤めてきて、ずいぶん人のお世話もしたと思うので、それで十分ではないですか。

通夜や告別式に参列したら、ちゃんと「香典返し」なるものを渡されるし、高額な香典を包んだ場合は、後日、品物が送られてきます。

本来は、それでいいんですよね?

本当は、今日、私は通夜に行かなくてもいいんでしょうか。結局は、行きますけどね。
すっきりしないまま、これからも毎日、掲示板を見ることになるでしょう。

断捨離していくと、無駄なものは買わないようにしようと心がけるようになります。人間関係も同じですね。自分の時間を大切にすることも意識するようになります。貴重な時間を、誰にでも使っていいわけではありません。

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